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伊藤元重東大教授、「健康・人的資本・住宅を柱に成長を」
 2008年4月16日の日本経済新聞『経済教室』において、これからの日本経済の成長を担っていくのは、投資・外需依存から脱却し、健康・人的資本・住宅を柱にすべきであると論じられている。全文は次のとおり。

経済教室;漂流ニッポン改革の条件2
「明日」を支える消費で成長 伊藤元重東京大学教授

(ポイント)
・将来不安を和らげるのに経済成長は不可欠
・設備投資、政府、外需頼みの構造転換を
・高齢者が保有する資産を有効活用せよ
投資・外需依存を脱却 健康・人的資本・住宅を柱に
 日本経済に活力をもたらすには、経済を内需にシフトさせることが必要だといわれる。この点についていくつかの視点から考察を進めたい。

 まず経済活力と経済成長の関係について述べよう。経済成長は「成長戦略」や「上げ潮戦略」として財政再建との関係で論じられることが多いが、経済成長の水準をどこに想定するかで長期的な日本経済の姿は大きく異なる。年率平均で1%成長を続けたら30年後に日本経済の規模は約1.35倍になる。2%成長なら1.82倍、2.5%成長なら2.43倍になる。
 成長率が1%違うだけで30年後が大きく変わる。1%成長の将来像は非常に厳しい。年金制度などをどんなに工夫しても、パイは限られている。財政再建も容易ではないだろう。2.5%成長が実現できたら、将来に対してももう少し楽観的に議論ができそうだ。
 内需型産業が注目される一つの理由はここにある。他の先進国に比べて生産性が低いとされる日本の非製造業は付加価値ベースで日本の国内総生産 (GDP) の約8割を占めている。そして非製造業の多くは内需型産業である。
 製造業の多くは国際競争にさらされている。自由貿易協定 (FTA) の推進といった開放政策を進めることは、製造業全体の生産性を高めていく上で有効である。だが、そこでいくら頑張ってもしょせんはGDPの2割にすぎない。いわばクラスの2割しかいない平均点90点の生徒の点数を上げるより、クラスの8割を占める平均点50点の学生の点数を上げる方が、より効果的にクラス全体の平均点が上がるのと同じことだ。
 非製造業の生産性をどのように上げていくのか。大きな方向としては、改革の断行で市場競争の刺激にさらす必要がある。市場の活力を利用することなく、産業の生産性を高めるのは不可能だからだ。

 さて、日本の成長を考える上で内需型産業が重要であるのは、上で述べたサプライ (供給) サイドの面よりも、以下で述べるデイマンド (需要) サイドの面にある。非常に乱暴にいえば、「日本経済は需要をどこに求めていくべきか」「日本経済は何で食べていくのか」という点である。
 需要の項目は、家計、企業、政府、外国の4つしかない。これまでは、日本経済はあまりにも政府と外国の需要に頼りすぎてきた。規模25兆円、GDP比で5%もの財政赤字の存在は深刻だ。それだけ、財政赤字で景気を支えていることになる。経済成長率が1%変動するだけで一喜一憂している日本は、実はGDP比で5%もの赤字で需要を支えているのだ。財政再建を進めていけば財政を通じた需要に期待できなくなる。
 外需も日本経済を支える重要な要因であった。ここ数年の世界的好景気や20年来ともいわれる超円安が背景にあった。だが、世界景気の後退と円高方向への為替シフトで、こうした流れも変調をきたしている。為替レートの動きはさておき、そもそも、外需にこれだけ依存した形で今後も持続的な成長を遂げることができるとも思われない。
 結局、デイマインドサイドから見たとき、内需が順調に伸びていかない限り持続的成長は難しいことがわかる。非製造業の生産性を高めることの重要性について述べたが、そもそも需要で支えることができない限り生産性の向上さえ不可能であるからだ。
 その内需だが、企業部門の投資に過度な期待はできない。設備投資や研究開発投資は重要であるが、企業部門の需要が経済成長を牽引した、かつての高度成長時代のようにはいかないからだ。
 そこで、家計部門の需要、つまり消費がクローズアップされることになる。といっても、伝統的な消費支出に多くは期待できない。衣料品や食料品といった伝統的な消費で需要を支えるのは難しい。
 消費というと「今日の喜びのための家計支出」という印象が強いが、「明日の喜びのための家計支出」なら、持続的な需要拡大を考えることは可能だ。ここに内需型産業を振興することの意義がある。
 「明日の喜びのための家計支出」とは具体的にはどのような分野か。すぐ思いつくのは次の3つである。第一にこれからの私たちの健康を支える医療・健康への支出、第二に私たちの能力を高めるような自分(人的資本)への投資、そして第三にこれからの私たちのライフスタイルにあった空間を確保するための住宅への投資である。これらはいずれも内需の中でも大きなウエートを占める産業であり、しかも少子高齢化の中で豊かな生活を実現するために鍵となる分野でもある。

 まず医療・健康だが、日本の総医療費はGDPの約8%の水準にある。諸外国に比べて低い水準とはいえ、巨大な産業である。医療技術の進歩の中での国民の医療に対する期待上昇と高齢化の進展を考えれば、国民の医療への潜在的な支出性向が高まっていくことは間違いない。
 問題はこの医療・健康への潜在的な需要をすべて今の制度の中に抱え込んでおくことができないことだ。税収の不足や医療保険の国民負担引き上げの政治的な困難から、経費削減に偏った改革が進められ、医療現場では医療崩壊が起きかけている。関係者の中には、今の制度は守りつつ税負担を引き上げ医療費の増大に備えるべきだと考える人が少なくない。ただ、現実問題として、どこまで国が関与し、どこからは市場に委ねるのか判断することが重要である。最低限の医療は国家が保障しつつ、潜在的な医療・健康への需要を市場メカニズムに委ねることが、結果として財政制約の下でも市場を拡大することにつながる。
 第二の人的資本への投資が重要であることはいうまでもないだろう。資源に乏しい日本が活力を維持するには、人的投資が鍵を握る。ただ、人的投資、特に教育というと、税金を利用した公的負担の部分ばかりが強調される。政府がこうした分野に直接関与を続けていくことは重要であるが、米国などを見ると民間のお金がより多く人的資本への投資に向けられている。日本とは比較にならないくらいの巨額の民間資金が寄付の形で教育に集まるだけでなく、高い大学の授業料に象徴されるように国民が自ら多くの支出をする仕組みになっている。
 第三の住宅も内需拡大の重要な鍵を握る。少子高齢化が進む中での望ましい都市空間や住宅のあり方は、量のみの拡大を目指してきた20世紀後半の都市の姿と大きく異なるはずだ。急速に数が増えていく高齢者世帯にとり、核家族化の進展の中でどんな住環境が好ましいのかを考えただけでも、病院などの周囲のインフラも含めた住宅の重要性が見えてくる。
 図は世代別の金融資産と不動産の保有状況である。よく知られるように、金融資産の約75%が60歳以上、不動産の約75%が50歳以上の人によって保有されている。こうした資産をどう動かし高齢社会にあった街づくりをしていくのかは、内需拡大という観点だけでなく、これからの日本経済のあり方を考える上で重要な論点であろう。
 政府は経済財政諮問会議の中に、「構造変化と日本経済」専門調査会を設置し、そこで平成版「新前川リポート」を作ろうとしている。1980年代半ばに当時の政府が前川リポートで内需拡大を進めようとしたことを意識したものだ。80年代後半、結果的には内需シフトが相当進んだ。前川リポートの成果か、それとも急速に進んだ円高の結果なのかは意見が分かれるところだ。為替レートの先の動きを読むことは不可能だが、仮に円高方向に動けば、もともとが超円安だっただけに、今回も大きく円高に振れる可能性がある。これは、経済を内需方向に動かす大きなチャンスでもあるのだ。
(日本経済新聞「経済教室」2008年4月16日掲載より)
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